みなさん、こんにちは。
以前、批判や否定をすることは簡単ということを見ていきました。
それはネット空間だとさらに増えます。
今回はネット空間にあるアンチコメントについて見ていきます。
それでは、今回もよろしくお願いします。
ネガティブに決めつけるのは簡単
前回も見たように、批判や文句を言うこと、ネガティブな解釈に決めつけることは簡単です。
これは知り合いよりも見ず知らずの人に対するほうが顕著に出てきます。相手の性格や価値観を知らない人ほど、以下にあるネガティビティバイアスは強くなります。
そして、見ず知らずの人に対する批判の最たる例がネット空間にあるネガティブな書き込みです。
例えば掲示板、YouTubeのコメント、Amazonのレビューなどを見ると、アンチコメントがよくありますよね。あれもポジティブな書き込みよりネガティブな書き込みのほうがラクにできることの表れです。
ネガティビティバイアス
人間は自分に危害が及ぶことを避けるため、他人がしたことについてネガティブな解釈に決めつけやすい特性があります。その特性は心理学では「ネガティビティバイアス」と呼ばれています。
人はポジティブな情報よりもネガティブな情報に注意を向けやすく、記憶にも残りやすいという心理傾向があります。そのため、目の前の情報に対してネガティブに捉えがちになります。
そして、人間には他人からされたことに対して、他人の価値観や性格がわからない場合は、ポジティブな解釈よりもネガティブな解釈のほうが落ち着く心理があります。これがネガティビティバイアスです。
何か自分の身に危害が及ぶリスクがあるからこそ、悪いほうに決めておけば安心できるということです。
ネガティビティバイアスが悪いという意味ではありませんし、ネガティビティバイアスをなくすことはできません。
ネガティビティバイアスは、さまざまなシーンで何らかのリスクを察知し回避する適切な行動をとるためには必要なものです。ネガティブな気持ちを持っているからこそ、人は危険に敏感になり、制御された行動をとることができるようになるからです。
ただ、過度なネガティビティバイアスをもつことや、アンチコメントなどで他人を攻撃することはNGです。
僕の意見としては、ネガティビティバイアスをなくすことはできなくても、ほめ達のスキルを使うことによってネガティブな解釈の上からポジティブな解釈を被せてしまうことがいいと思っています。これはほめ達のスキルが強いほどできることで、これのレベルこそが「ほめ達3級→2級→1級→認定講師→特別認定講師」の差だと思います。
アンチコメントをする理由
ネガティビティバイアスが働いてネガティブな意見を書きやすいことはわかりましたが、なぜネット空間でアンチコメントをしたがるのでしょうか?
これは僕も実感があるので説明いたします。簡単に言うと責任はない上に評論家気取りで書けるので、安全な上に気持ちが良いからです。知識や意見をひけらかし、まるで評論家のように振る舞うことで、簡単に自分の承認欲求などを満たすことができます。
例えば診断士の市販の教材(特に2次の教材)だと、2次のベテラン受験生が評論家気取りで書いていることが多いです。
僕も2次試験は5回受けたので何となくわかるのですが、2次試験のベテラン受験生(いわゆる2次ベテ)だと、2次試験の合格ではなく各予備校や市販の本のノウハウを集めて評論することが目的になってしまう時期ってどこかにあるのです。こういう時期は様々な教材のレビューとしてアンチコメントを書きたくなりますし、予備校のノウハウも否定したくなります。そういうコメントが反映されると自分が満たされた気がして、試験不合格というコンプレックスを隠すことができるのです。
その他には以下のような理由もあります。
自己肯定感の低さ
評論家気取りの人は、自己肯定感が低く、他者からの評価によって自分の価値を確認しようとする傾向があります。評論家のように振る舞うことで、自分が優れていると周囲に認めさせようとするのです。
優越感の追求
評論家のように振る舞うことで、自分が他の人よりも優れていると感じ、優越感を得ようとします。
承認欲求
他者からの承認を強く求める傾向があり、評論家のように振る舞うことで、注目を集め、承認を得ようとします。
責任回避
先ほどもチラッと出てきましたが、評論家「気取り」なので、実際には責任はありません。
評論家は、行動することなく、批判や意見を述べるだけで責任を負う必要がありません。評論家気取りの人は、責任を伴う行動を避け、評論家のように振る舞うことで、行動することへのリスクを回避しようとする場合があります。
つまり、ネガティブなコメント(アンチコメント)をする人にとって、ネット空間は最高の居心地なのです。
今回はネット空間でアンチコメントをする人の心理について見ていきました。
今回もありがとうございました。