みなさん、こんにちは。
今回も僕が電車の中で酔っ払いにからまれたことについて見ていきます。
今回は、このような酔っ払いに対してほめる(伝えることはしません)ポイントについて見ていきます。
それでは、今回もよろしくお願いします。
状況を簡単に言うと、
混雑した電車内で酔っ払いに足が軽く当たった → 一方的に激昂 → 顔を近づけて睨み続ける → 「蹴ることないだろ!」を繰り返す
ということでした。
「伝える」はしなくても「価値の発見」はできる
この手の酔っ払いやハラスメントをしてくる人、選挙の演説妨害をしてくる人や暴走族には、「ほめる」をやるのは火に油を注ぐことになるということでした。
しかし、話を聴く、労をねぎらう(伝えることはしない)ことはできます。これが修羅場でほめ達に唯一できる「負けない戦い」です。
そこで、今回は(伝えることはしなくても)僕にからんできた酔っ払いの価値を見つけていきます。
①見た目、身につけているもの
その酔っ払いはスリムな人なので、「スリムな人だった」というのはほめポイント(価値)になります。ただし、本人に伝えることはしません。
②感情表現が素直(隠しごとがない)
怒り方は最悪だけど、「思ったことを隠す、裏でねちねち言う」みたいな陰湿さはない点は価値かと思います。
「自分で抱え込みがちな真面目タイプ」の人なのかもしれません。そういう人の裏表がない、感情の正直さは価値と言えます。それがポジティブなものかは置いておきますが、少なくとも「価値」にはなっています。
③それほどまでに日々がんばっている証拠
労をねぎらうとしたら、王道はこれですよね。
酔っ払いの怒りは、多くはストレスの溜め込みから出るものです。
あくまで想像ですが、こういう人は職場や家族から「お前はゴミだ」などとの扱いを受けているのだと思います。そのストレスもかなりあるのだと思います。
つまり「日頃がんばってる人」である可能性が高いです。
もちろん今回のように他人にからむことやトラブルを起こすことは迷惑ですが、「日頃の努力の裏返し」と見れば一応はほめポイント(価値)になります。
「この人も大変なのだろう、毎日頑張っているなぁ、悩みや不安があるのかな、そう考えるとよくやっているよ」などと思って労をねぎらうことはできますよね。これも立派な「価値」です。
④周囲に頼らず感情処理しようとしている
怒り方はまずかったものの、「誰かに助けてもらう」ではなく自分の感情を自分でぶつけて処理しようとしていることは、周囲に頼らず自分ひとりで片づけることができる、素直であると言い換えることができます。
⑤敏感に反応できる
足が当たったなどの小さな刺激に強く反応できるほどですから、環境の変化をキャッチするアンテナは鋭いとも言えます。
クリエイターや職人でも、こういう「感覚の鋭さ」は武器になります。
「敏感に反応」というとHSP(いわゆる、繊細さん)の方もいますが、こちらは今回の酔っ払いのように顔を近づけてきてキレるようなことはできません。そのため、この酔っ払いはHSPとは思えません。
⑥自分の正義を持っている
「蹴ることないだろ!」って何度も言うのは、本人なりの正義感やルールを大事にしてる証拠とも解釈できます。
扱いにくいかもしれませんが、価値観に一貫性があることは「価値」と言えます。
これは選挙の演説妨害をする人にも当てはまることです。彼らには彼らなりの正義感があって、それが世間一般からは受け入れてもらえない(気持ち悪がられる)だけです。
⑦「これは何のチャンスか」を考える機会をくれた
これは僕にとってのメリットですね。ほめ達検定3級でも、ネガティブな出来事から価値を見つける問題があります。
このようなネガティブな出来事が起きたときは、「これは何のチャンスか」を考えていきます。
そうすると、
・金土日は飲み会帰りの人が多いので22時以降の電車には乗らないと改めて確認できた
・酔っ払いの労をねぎらうチャンス(おそらく普段から肩身の狭い思いをしている)
・フラフラしている人がいたら即座に離れることを学習できた
・落ち着いて動け冷静に場を収める経験が積めた
・危険察知力を鍛える機会をくれた
などが出てきます。
この機会をくれたこと(自分の成長のきっかけをくれたこと)について相手の酔っ払いに感謝するというのも、ほめ達としてできることだと思います。
今となっては、このようにブログの記事にもできていますし、自分の中では大きな経験を得られた出来事だと思っています。
トラブルは「より高いレベルへの進化ができる機会」です。トラブルの体験を「学び」へ変換できる人は、トラブルを成長の素材にできます。
今回は、このような酔っ払いに対してほめるポイントについて見ていきました。
ここまで7回にわたって酔っ払いにからまれた関連の記事を出してきましたが、今回でおしまいです。
今回もありがとうございました。