心理的安全性の確保とダメ出し③

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みなさん、こんにちは。

前回は心理的安全性を確保するために、ほめることについて見ていきました。

今回はその上でダメ出しをすることについてみていきます。

それでは、今回もよろしくお願いします。

ダメ出しは心理的安全性を確保してから

もちろん、仕事や作業をする上で、上司や先輩としてできていないところを指摘する必要はあります。仕事や作業の遂行にはダメ出しも必要です。
しかし、それは相手に安心感や心理的安全性を確保させてからです。

安心感や心理的安全性が確保されないうちにダメ出しをすると、先ほどのように「ダメ出しばかりする」という印象になってしまい、安心感や心理的安全性を確保することはできません。

前回の記事のA先輩がいい例です。A先輩は積極的に人と話しています。コミュニティのほとんどの人とネットワークができています。
しかし、安心感や心理的安全性が後輩に確保されていないうちにダメ出しをしているのです。本人としては「あいつは安心感をもっている」と思っているとしても、後輩は安心感をまだもっていません。
だから後輩から「見張られている」と思われてしまい、信頼されないのです。

安心感や心理的安全性は、ほめることで醸成されます。もちろんこれは感謝やねぎらいの言葉も含みます。

できているところをほめ、感謝やねぎらいの言葉を伝えてからダメ出しをするのと、そういうことは一切なくダメ出しだけするのとでは、相手の受け止め方は全く違います。
前者だと「見守ってくれている」、後者だと「見張られている」と感じます。どちらが安心感や心理的安全性を得られるかは言うまでもないですよね。

安心安全な場づくり

自己効力感の要素の1つに「安心安全な場づくり」というのがありましたね。

「安心安全な場づくり」は厳密に言うと「生理的・感情的高揚」と「心の居場所・ねぎらい」に分かれます。

前者は明るい雰囲気で失敗の奨励(失敗しても大丈夫)もある場の空気です。

後者のうち心の居場所はいわゆる心理的安全性のこと、ねぎらいは背景の事情を考慮して労をねぎらうことです。ムカつくとき、イライラしたときこそ相手からねぎらいを求められています。

ほめっぱなしの罪

ここまでの内容を見ると、

「はいはいわかりました。ダメ出しは時代遅れ。ダメ出しは一切せずほめて甘やかせばいいんでしょ?」

なんて意見も出てくるかもしれません。

この意見は半分正解ですが、半分間違いです。

それは、ほめるだけだと「ほめっぱなしの罪」になってしまうからです。

「ほめっぱなしの罪」は、ほめることで相手のモチベーションを上げるのはいいけど、そのモチベーションの使い道を教えないとセルフイメージばかり大きくなって調子に乗ってしまう(増長してしまう)というものです。
ほめてモチベーションを上げた後、何もせずに放っておくから「自分はできる」と思って態度が大きくなって上司や先輩のことを蔑ろにするのです。

信頼される上司や先輩は、できている部分をほめます。相手がしてくれたことに感謝やねぎらいの言葉をかけてくれます。もちろんこれで安心感や心理的安全性も確保できます。

しかし、それだけでは相手は増長してしまいます。そこで、その上で「次はこれに挑戦したらどう?」とか、「どうすればできるようになると思う?」など、双方向のコミュニケーションを図っています。

ポイントは「双方向」です。一方的に指示をすると外発的動機づけになってしまいやる気が長続きしません。ダメ出しばかりする上司や先輩はこのような指示をしていることが多いです。

しかし、双方向だと部下や後輩も納得できるので内発的動機づけになってやる気が長続きします。ほめることとダメ出しのバランスをうまく図っている上司や先輩はこのような指示をしています。

このように、心理的安全性を確保することと、課題や改善策などの指示を出すことは両立できます。

ほめっぱなしの罪があるので、できている部分をほめるだけではいけません。
しかし、それ以外の理由でもほめるだけではいけない側面があります。
最近はちょっとでも怒るとパワハラやモラハラ扱いされることを警戒して、上司や先輩の側がほめるだけでダメ出しに消極的になってしまうことがあります。昭和の価値観のままの人もまずいですが、今の世の中に合わせすぎて消極的になってしまうのもまずいです。
ほめるだけでは相手は成長しません。できていない部分のダメ出しだけするのもいけません。成果を出して欲しいなら、両方の言及が必要です。

課題や改善策の出し方について、ほめ達は「ここは完璧。でも惜しい。あとはこれができれば完璧中の完璧」などという言い方をします。仮に全くできていない場合でもです。

最初の「ここは完璧」で、できているところをほめます。次の「でも惜しい」は、ほとんどできていることを示唆する言い方なので、できていないところを指摘しても相手は安心感を抱きます。そうなると心を開いてアドバイスを聞こうと思えてきます。

実際は惜しくなく、全然できていないときでも「惜しい」を使います。

ほめて相手をコントロールするのはNG

ほめ達は、ほめることばかりがクローズアップされますが、実はその前提に「安心安全な場づくり」があります。ほめ達は相手に安心感や心理的安全性を抱かせることを、ほめることよりも重視しています。
逆に、相手に安心感や心理的安全性を抱かせず、ほめることだけをしていても効果は薄いですし、「コントロールしようとしている」と警戒されます。この段階でダメ出しをしたら安心感や心理的安全性はなく「この人はダメ出しをしてくる」という印象になってしまいます。

ほめ達の神
ほめ達の神

「ほめる」を相手のコントロールに使うのはNGです。ほめることで相手を自分の思い通りに動かそうと思った瞬間、その意図は相手に伝わります

ほめることで、相手が何かに気づいて内発的動機づけにつながって変わることはあっても、変えることを目的にしてはいけません。変わらなくてもいいのです。とにかく伝えるだけです。だから「ほめることは自己完結」となるのです。

変えることありきで相手をほめるのは、自分の思い通りにコントロールしようとしているだけです。

ほめ達は、「できたから、ほめる」ではなく、「ほめるから、できるようになる」という考え方です。

今回は上司や先輩が部下や後輩から安心感や心理的安全性を確保してもらえるための方法を見ていきました。

今回もありがとうございました。