みなさん、こんにちは。
ここまで見ていきました酔っ払いにも言えることですが、どこの業界にも価値観があまりにかけ離れた非常識をする人はいますよね。
もはや「マナー違反」では片付けられないこともあります。
でもこういう人って、どういう心理でそれをしているのでしょうか?
今回はそれを見ていきます。
それでは、今回もよろしくお願いします。
お前が歌うんかい!
ネットで話題になっていたニュースですが、ある有名アーティストのライブにて、近くにいた観客が大声で歌っていて、それによるトラブルもありました。
これはライブによくあるマナー違反です。
歌手が観客席にマイクを向けるなどをして観客が歌うことを促しているならいいですが、本来はその歌手(ボーカル)の声を聞きたいから来ているわけですから。客の歌なんて聞きたくないんです。
イキがっているマナー違反者
ここまで何回かブログでも出していますが、騒音を撒き散らすヤンキー、電車の中でマナー違反のことをしている人もいますよね。
先日、こんなことがありました。電車に乗っていたら、手にタトゥーを入れてビール缶を持ってLINE通話しているヤンキーが隣の席に乗ってきました。車内でも何の躊躇もなく通話を続けていました。
例の酔っ払いの事件もありましたから、この人に注意なんかしたら逆ギレされるのは目に見えていました。
自分勝手な迷惑客
先ほどのようなイキがっている人ではないのでしょうが、こんな迷惑客もいました。
X(旧Twitter)で話題になっていた写真です。新幹線に乗っていて、後ろの人が前の人の席の肘掛けに足をかけているのです。

もちろん前の席の人からすると肘掛けは使えない(というか、使いたくない)ですし、足の臭いもしてきます。
酔っ払って寝ているのかもしれませんが、他人のことを1ミリも考えていませんよね。
駆け込み乗車の究極形
四国の徳島駅で、このような事態(というか事故)もありました。
ドアが閉まり、発車しかけた特急列車の運転室の扉を叩いて列車を停止させ、大幅に遅延させた迷惑客がいました。

これは「人身事故」扱いになり、警察が来て列車の大幅遅延につながりました。
徳島から高松に行く朝イチの特急列車だったので、高松から先、瀬戸大橋を渡って岡山から新幹線に乗り換える予定だった客は予定した新幹線には乗れず、1日の予定が大きく狂ってしまった人もいました。
どこの業界にもいる非常識な人
このように、マナーがない非常識な人が必ずいますよね。どの業界にも必ずいます。
どの組織にも一定数は悪い人がいるって法則って、ありましたよね。「腐ったリンゴの法則」です。
組織や集団には、一定数の「問題のある人(不正・モラル欠如・攻撃的な人)」が存在し、その人を放置すると、周囲にも悪影響が広がるというものです。
割合としては100人に1人くらいの微々たるものかもしれないけど、その1人が近くにいたら地獄になってしまう。せっかく満足や便益を得られるはずが、不満や不便につながってしまいます。
「262の法則」もありますね。
どんな組織や集団も「優秀な働きをする人が2割、普通の人が6割、貢献度の低い(働かない)人が2割」に分かれるという経験則です。
最初のライブの例。その投稿をしていた人は「ハズレ席だったと思うしかない」と嘆いていました。
また、先ほどの列車を停めてしまった例。この迷惑客は、自分は大丈夫と思ってこういうことをしたのでしょうが、鉄道のことに関するルールを知らない人や非常識なことをする人は一定数います。
迷惑客の心理
大声で歌う客や電車内でのマナー違反客などは、なぜこのようなことをしてしまうのでしょうか?
まず、以前見た「承認欲求がねじ曲がったパターン」です。
列車を停めてしまった人は、承認欲求よりも自己中なだけと言えます。
しかし、それ以外の例はすべて承認欲求をうまく表に出せない、「認めてほしい」と素直に言えないならこその行動です。ねじ曲がった承認欲求です。
つまり、「注目されたい、存在を感じてほしい」という思いはあるものの、正攻法(配慮・魅力・実力)では承認を得る力が弱い。だから「目立ったもん勝ち、迷惑でも視線を集めたら勝ち」 になるわけです。
暴走族やコンビニ前にタムロしているヤンキーがまさにその例です。
また、先ほど挙げた例だと、新幹線で足を伸ばすのは「自分は特別」という優越感、ライブで大声で歌うのは「この場に一番“参加している”のは自分」という自己誇示です。これらはすべてねじ曲がった形での承認欲求につながっています。
承認欲求以外の心理
ただし、ねじ曲がった承認欲求以外の心理もあります。
「自分の快」を最優先する認知の歪み
要は自己中ということです。列車を停めてしまった人の心理はこれです。これは、他人のことを考えられない視野の狭さとも言えます。
特徴としては、他人の不快を想像する力が弱い、「自分が気持ちいいかどうか」が判断基準になっていることが挙げられます。悪気がないことも多いです。
新幹線の客なら「足が疲れているから」、ライブの客なら「ライブなんだから盛り上がって何が悪いの?」というように、自分のことしか考えていません。
このタイプは、「他人の迷惑」という概念が本当にピンと来ていないこともあります。
ルールに従いたくない反権威の心理
これも一定数います。わざとルール違反、マナー違反をする人です。
小学校や中学校のときにもいましたよね。先生が言ったことにわざと従わずにイキがる不良生徒(悪ガキ)って。
これは、ルールやマナーを同調圧力と考え、それに嫌悪感を抱いているのです。もちろん「同調圧力」とか「嫌悪感」という言葉をその不良が認識しているわけではありませんが、心理的にはそのように反応しています。そして、「それに従わない自分はカッコいい、自立している」と思っています。本人の中では、ルールやマナーに従うことは窮屈でダサいと思っているのです。
配慮して感謝された経験や、場に合った振る舞いで評価された経験が少ないと、「迷惑でも目立てばOK」という短絡ルートに行きやすいです。
共通点
どのタイプでも共通するのは、「自分が空間を共有している」という感覚の弱さです。つまり、公共空間を「みんなの場」ではなく「自分のもの」だと思っているのです。
だから、「他人の不快<自分の解放感」になります。
そのため、今回の記事の結論としては、「承認欲求がねじ曲がっている」ことと、「他者配慮を通じて承認される経験が育たなかった」ことが、価値観があまりにかけ離れた非常識な人がどの業界にもいる理由になります。
後者の「他者配慮を通じて承認される経験が育たなかった」については、他人のことを考えるという教育を受けてこなかった(若い人ほど顕著)か、教育は受けてきたけど仕事のストレスや社会への劣等感などでイキがらずにはいられなくなった(年齢の高い人ほど顕著)ことのどちらかです。
教育を受けていないパターンも
例えば動画の音声をイヤホンをせずに流している人がいますが、これは他人のことを考える教育を受けていないからです。悪意はありません。承認欲求でもありません。ただ他人のことを考えていない自分勝手なことをしているだけです。
これはゆとり世代より下の年齢の方ならかなりの人が当てはまっています。
昔なら、こういうことをしていると知らない人に注意されました。しかし、今は知らない人から注意されると不審者扱いされたりSNSに書かれたりするので、注意ができなくなっているのです。
対策
簡単ではありますが、対策も見ておきます。
対策は主に2つあります。
精神的・時間的余裕をもつ
どの場面でもこういう非常識な人が現れることを想定し、精神的余裕と時間的余裕をもつことです。
まず、精神的余裕があればこのような非常識な人がいても背景の事情を考慮し、労をねぎらうことができます。適当力・最善主義が出てきますので、加点主義になり、ほめる点(価値)を見つけやすくなります。
また、時間的余裕をもっておくことも必要です。先ほどの列車を停めた人の例なら、運転再開までの間にできること(仕事や勉強など)をするれば有意義に時間を使うことができます。
すぐに離れる
例えば先ほどの車内にいるヤンキーの例。僕ならすぐに席を立って隣の車両に行きます。新幹線の例も、僕なら車掌に言って席を変えてもらいます。
こういう「価値観があまりにかけ離れた非常識な人」に正論は通じません。こちらが何かすると逆ギレされるだけです。酒を飲んでいる場合は暴力や暴言もあります。
今回は、どの業界にもいる非常識な人について見ていきました。
今回もありがとうございました。