注意しても損をするだけ

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みなさん、こんにちは。

今回は公共の場でマナー違反を注意した人が逆にトラブルに巻き込まれるのは珍しくないことについて解説します。

それでは、今回もよろしくお願いします。

なぜ損をするのか

これは単に「運が悪い」だけではなく、心理・社会構造的な理由があります。主なものを整理していきます。

面子(メンツ)を潰された怒り

人は他人から注意されると、内容よりもまず「恥をかかされた、見下された」と感じやすいです。新幹線で僕に注意されて逆恨みで駅員に通報した例のバカ親もこれでした。

特に公共の場では周囲に人がいる、第三者が見ているので、本人の心理としては「恥をかかされた」という感覚が強くなります

このとき人間は、謝るよりも反撃を選ぶことがあります。心理学ではこれを自尊心防衛、フェイスセービング(面子維持)などと言います。

認知的不協和

認知的不協和は企業経営理論でやっていますよね。

人間は基本的に「自分は悪くない、自分は常識的で正しい人間」と思っています。
ところが注意されると自分はマナー違反をしていた、自分は悪かったという現実が突きつけられます

この矛盾した状況は心理的に強いストレスになります
この矛盾を解消するために相手を悪者にする方向に思考が動くことがあります

それこそ、僕のことを駅員に通報したバカ親は「言い方が怖かった」とか「いきなり怒鳴られた」と言っていましたし、「痴漢された、暴力を受けた」と言っていた可能性もあります。

こうすることで、「自分が悪い→相手が悪い」に認知を書き換えるわけです。

攻撃的な人ほどマナー違反をしやすい

もう一つ大きいのはこれです。
マナー違反をしている人の中には自己中心的、衝動的、攻撃的な人が一定数います。こういうのが「どうしようもない人」です。

こういう人は注意されても素直に受け入れるタイプではない確率が高いのです。

結果として逆ギレ、暴言、トラブルが起きやすくなります。

現代社会は「注意する人」がリスクを負う

昔は大人が子供を注意する、周囲がマナー違反を咎める文化がありました。

しかし現在はクレーム社会、SNS拡散、ハラスメント問題などがあり、注意する側のリスクが高くなっています
そのため正しいことを言った人が損をする構造が生まれやすいです。

だからこそ、注意すると損をする

今では「注意する人は正しいが、賢くはない」と言われています。
それがあるのは、正義とリスクが一致しない構造があるからです。社会心理やリスク管理の観点から整理すると、主に次のような理由があります。

得られるメリットがほぼない

マナー違反を注意しても、注意した側のメリットはほとんどありません

得られる可能性があるものとしては、相手が迷惑行為をやめること、社会的に正しい行動をした満足感でしょう。

しかし現実には、相手がやめることはほぼないですし、周囲から評価されることもありません

一方、デメリットとしては、逆ギレによる口論やSNS拡散の他に、逆恨みによる暴言や暴力、痴漢や暴力のでっち上げによる警察沙汰もありえます

つまり「リターンは小さく、リスクは大きい」という構造です。

マナー違反をする人は変な人の可能性大

これも重要です。

公共の場で大声で騒ぐ、電車で通話する、列を無視する、周囲に迷惑をかけるような人の中には、衝動的、攻撃的、自己中心的な人が一定数含まれます

これが「どうしようもない人」でありますが、こういう人は注意されると逆ギレするし、逆恨みで何をするかわかりません。下手をするといきなり刃物を出してきて振りかかってきても不思議ではありません(あの母親のように女性でも同様です)。

注意するときの相手は「平均的な人格の人ではない」可能性があるため、常識や普通のコミュニケーションが成立しないリスクがあります

注意した人が「当事者」になってしまう

元々の状況はマナー違反者と周囲の人(被害者)という構図です。

しかし、ここで誰かが注意すると、「マナー違反者、注意した人、周囲の人」となってしまい、注意した人がトラブルの中心人物になることがあります
周囲の人から見ると「どっちもどっち」、「トラブルを起こしている人」に見えてしまうこともあります。

正しさより「トラブル回避」が優先される

現代社会では、多くの人が正義よりも面倒に巻き込まれないことを優先します

そのためトラブルになると周囲は助けない、早く終わってほしいと思います

結果として注意した人が孤立することがあります。

相手が逆ギレすると「対処コスト」が大きい

仮に相手が逆ギレすると、言い争い、駅員や警察の対応などで時間・精神的エネルギーが大量に消耗します
しかもその後で職場に遅刻、予定が崩れるなど、生活への影響も出ます。

つまり注意する行為はコストが非常に高いのです。

正しい行動と合理的行動は別

ここが一番重要です。
倫理的には「マナー違反は注意されるべき」です
しかし合理的判断としては「自分がリスクを背負う必要はない」という結論になることがあります

これが「正しいが、賢くはない」と言われる理由です。
そして、こう判断した(悟った、割り切った)人が多いからこそ、今はマナー違反があっても誰も注意しなくなったのです。結果的にマナー違反者のマナー違反を増長することになりますが、それでも「自分が構うことはない。変な人がいたら関わらずに離れればいいだけ」という判断になります

今回は注意する人がバカを見るという内容をお送りしました。
今回もありがとうございました。