みなさん、こんにちは。
今回も「ほめ達はネガティブに思わないのか」についての最終決定について見ていきます。
今回はついに、以前紹介したあの子連れの例(満席の新幹線の中で子供がギャン泣きしているのに、親はデッキに連れていかない。僕がそれを注意したら逆ギレされ、降りた駅で駅員に突き出してきた)について、どういう過ごし方をすればいいのかを見ていきます。
そろそろしつこくなってきたかもしれませんが、結論としては、
ほめ達でも普通にイラッとはする。ただし、そこからの“扱い方”が、ほめ達は違う。「メタ認知→離れる→ピン留め→ポジティブに思う」の流れでいけばOK!!
ということでした。
僕がこの泣いている子供にイラッとしてOK、何も対処しない母親に対してネガティブに思ってOKということでした。
それでは、今回もよろしくお願いします。
①まず普通に反応する(メタ認知)
まず“そのまま感じる”段階です。ここはほめ達だろうがそうでなかろうが同じです。
「うるさいな、ムカつくな、親は何してるんだよ、早くデッキに連れて行けよ」
このようなネガティブな思いを素直に解釈し、それを否定しないことがポイントです。変にいい子ぶらなくていいです。どんなに汚い言葉でもOKです。
他人の子供がギャン泣きしているのなら、「うわ、うるさいな…普通にしんどい」と思うのは当たり前です。ネガティブに思わないほうが無理です。
倫理的・道徳的には泣いている子供に対して「うるさい」と思ったり、母親に対して「早くデッキに連れていけよ」と思うのは問題があるかもしれません。もちろんこれを他の人に言うのはどうかと思いますが、自分の中で思うだけなら正直になってOKです。子供が苦手な人なら、そのまま子供が苦手でいいのです。
そして、「今、自分はイラッとしている」というように、自分の感情を認めます。
「まあこれはイラッとする状況だよな」とか「今、自分イラッとしてるな」と思えているなら、メタ認知ができています。その思いを否定したりダメだと思ったりする必要はありません
「まぁ仕方ないよね…(ポジティブ)」と「うるさいなぁ(ネガティブ)」は一緒には思えません。矛盾する感情が共存していると認知的不協和が起こり、これが一番ストレスになります。
②離れる
離れることができるかが、この流れの最大のポイントです。そして、僕はこれができませんでした。
なぜなら、離れることができなかったためにイライラがどんどん増幅してしまったからです。
僕がまずかった(20分くらい耐えたけど、最後は我慢しきれずに注意してしまった)のはこの部分です。
我慢できないと思った段階(泣き始めて3〜5分くらい)で、たとえ満席でも席を立ってデッキに行けば良かったのです。
・ほめ達:離れる(席を立ちデッキに行く)
・一般(僕):席に留まってイライラが増す
不快なことは長時間継続してやられるとメンタルにはかなりのダメージになります。
この「新幹線で子どもがギャン泣き」の例でも最初は「まぁ仕方ない」とか「かわいいね」と思っていても、途中から「いや、さすがに長いだろ…」と不快になっていき、寛容ではなくなっていきます。
あのときは東京行きで豊橋を出ると新横浜まで停まらない便でした。そしね、子供が泣き始めたのは熱海の手前でした。この時点で席を立ってデッキに行っても、新横浜まで20分ほど立っていれば新横浜で人が降りるので、席は空きます。そしたら隣の車両の空席にでも座れば良かったです。

③ポジティブなピン留め
ほめ達なら、デッキに出た後に「子育ても大変だねー」などと労をねぎらうことができます。そのきっかけとして「なるほど」とか「うんうん」などのポジティブなピン留めをします。
あのときの僕を含め、一般の場合はそんな概念はありませんので、どんどんイライラが増すだけです。
・ほめ達:離れた先のデッキで「なるほど」、「うんうん」
・一般(僕):席に留まってイライラがどんどん増す
④ポジティブな解釈
そのまま引きずるのが一般なのに対し、ほめ達はポジティブな解釈をします。例えば「子育ても大変だねー」などと労をねぎらうことができます。
・ほめ達:ポジティブな解釈をする
・一般(僕):ずっとイライラして注意する
周り(そのときの僕も含めて)がイライラしている中で、「親も大変そうだな…コントロールできないやつだし」とか「子どもってこういうもんだよな」と優しく思えるようにもなるかもしれません。
もちろん、ポジティブな解釈は労をねぎらうこと以外に、「これは学びだな」とか「異なる価値観を知ることができた」などと解釈してもOKです。
例えば「自分の子供にはこういうことはしないようにしよう」とか「公共交通機関で快適性を求めるならグリーン車に乗るか」などと解釈することもできます。

ネガティブな感情は「離れろ」のサイン
今回、僕がやってしまったのはこの「一般」のほうでした。
一般(あのときの僕)は「イライラ発生 → 思考で増幅 → イライラが長引く →ブチギレて注意」になる一方で、ほめ達は「イライラ発生 → 認識 → 離れる → ポジティブ解釈 → イライラを短時間で消化 → 穏やかな気持ちになる」と明らかな差が出ます。
具体的には、②の時点から差がついていき、最終的には「穏やかな気持ちになる」か「ブチギレて注意してしまう」の差につながっていきます。
そして、①の時点で「これは離れたほうがいい」と判断したほうがよかったですね。
このように、①の時点で出たネガティブな感情は、「敵だから排除しろというサイン」ではなく、「離れたほうがいいという信号、センサー、通知」です。
電車内で他人の子供がギャン泣きしているケースなら、不快に思って当たり前です。それを否定したり、そう思っている自分をダメだと思ったりする必要はありません。
「車両変えたほうがいいな、僕がデッキに出たほうがいいな」と思うことで、重い腰が上がりやすくなります。

今回は例のクレーマー、カスハラ気質の母親(新幹線の子連れ客)について、本来ならどうするのが良かったのかを見ていきました。
ほめ達でも人間である以上、不快な言動があればイラッとします。ただしその後の「意味づけ」を変えています。これができなかったのが、あのときの僕でした。
今回もありがとうございました。