みなさん、こんにちは。
今回はほめることの本質的なことについて見ていきます。
これはほめ達3級の「体験者」レベルではできない高度な内容です。1級でようやく理屈を理解し、認定講師で徐々にできるようになるようなレベルのものです。
それでは、今回もよろしくお願いします。
今回のサムネ画像は流鏑馬で関係なさそうな気がするかもしれませんが、この後の説明でその意味がわかると思います。
「ほめる」を相手のコントロールに使わない
ほめ達では、「ほめる」を相手のコントロールに使わない、ということを散々言われます。
これは「ほめたのに相手がこちらの言う通りに動かない」とか「ほめることで相手を変えてやろう、こちらの影響力を示してやろう」と思ってはいけないことです。
ここまでなら何となくイメージできると思います。実際、これをほめ達検定3級で扱っています。
これはほめることとおだてることの違いにもなってきますね。
でも、今回の記事の内容はさらに上のレベルを見ていきます。
というのも、ほめ達検定3級を受けた方や、ほめることに興味を持っている方が疑問に思うのが、
ほめることを相手のコントロールに使わないってどういうこと?そんなつもりはないよ
とか
え?相手の価値を発見して伝えることがほめることだから、相手に届かせないと意味ないでしょ?
ということです。
自分ではほめることを相手のコントロールに使っているつもりはない、相手のことをほめているから相手に届かせていると考えているのですが、これでは相手のコントロールに使っているのです。
うわ、哲学的で難しそう、、
ご安心ください。理屈としてはそんなに難しいことではありません。
それをこの後説明していきます。
「思い」は自分の中で終わらせる
実は、ほめることについては、言葉(フレーズ)そのものは相手に届かせるものであって、思いとしては自己完結です。つまりほめることについての思いは相手まで届かせません。
ん?どういうこと?
相手に対して「さすがですね」とか「ありがとうございます」などのほめフレーズを言いました。
このフレーズ自体は相手に届いています。なので相手は喜ぶと思います。
しかし、そのほめたことについて、「思い」は自分の中で完結させるものであって、相手のリアクションや相手が思うことまでは考えないということです。
極端な話、ほめフレーズを言って相手が落ち込んだり怒ったりしてもいいということです(まずありえないですが)。
もし「自分がほめることによって相手が喜んでくれるだろうな」とか、「ほめたら相手はこんな返答をするだろうな」と考えながらほめているとしたら、それは「自己完結」ではありません。つまり「ほめる」ではありません。
ほめることの「フレーズ」は相手に届かせていますが、ほめることの「思い」まで相手に届かせてはいけません。ほめることの「思い」まで相手に届かせてしまうと、これは「ほめる」を相手のコントロールに使っていることになります。
「変われ」とか「こう動け」と思ってしまうのはもちろんダメで、相手の反応を期待している時点でダメなのです。些細なレベルでも相手のリアクションや相手が思うことを想定している時点で、「ほめる」を相手のコントロールに使っていることになります。
「フレーズ」と「思い」で異なる
ほめることについて、ベクトルはポジティブな方向です。「ベクトル」ということで、今回のサムネ画像の流鏑馬を用意してみました。
そして、ほめる「フレーズ」については自分から発して相手に届かせます。
しかし、その「思い」についてはあくまで自分止まりであり、相手まで届かせてはいけないのです。
フレーズは「ほめ→自分→相手」ですが、思いは「ほめ→自分」というわけです。
いやいや、こんなの難しそう・・
これはほめることの数をこなすことで徐々にできるようになってきます。そして、「思い」について自己完結することの感覚が身についてきます。
具体的には、「ほめたけど、別に相手のことなんて考えていませんでした」という感覚をもつようになってきます。
僕も最近、それができるようになってきました。昔は「よっしゃ、これで相手もいいリアクションをしてくれるぞ」と考えながらほめていましたが、今は「相手がどう思うかは関係ありません。自分がほめたいからほめるのです」という感覚です。
まさに「3年先の稽古」ってやつですね。1回1回は微々たるものかもしれませんが、それを積み重ねることで、ほめ方がうまくなってきて、今回述べたようなことができるようになってきます。そして「良い流れ」などのプラスの引き寄せ力が上がってきます。
《今日のほめフレーズ》
こんなに白熱するなんて、みんなの本気度合いがすごいですよね
今回はほめることを相手のコントロールに使わないことの本質を見ていきました。
今回もありがとうございました。