ねぎらう、いたわる

ほめ達///
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みなさん、こんにちは。

今回は活躍する診断士にとってこれは絶対に必要というものについて見ていきます。

それでは、今回もよろしくお願いします。

診断士こそ相手への敬意などが必要

診断士には雇用関係がないことをいいことに、相手への敬意などを曖昧にしている診断士がとても多い印象をもっています。

例えば直属の上司でもないのに、普段の仕事でいつも上司だからと、診断士活動でも他の診断士に上司ヅラした態度を取ってしまう
もしくは、普段は上司ではないから、せめて診断士の活動くらいは上司のような気分を味わいたいからと、リーダーを受け持ってメンバーに上司ヅラした対応をしてしまう
このような診断士が多いです。

イメージは、実務補習で6人のグループを作ったら、その中に1人は必ずこういうタイプの人がいます。リーダーに自分から立候補した人や、リーダーではないけど発言力の大きい人は、このタイプの可能性が高いです。

もちろん、相手への敬意などがないということは、謙虚さがないことにもなります。よって、活躍する診断士の三大態度(ポジティブ、楽しい、謙虚)を満たしていないため、活躍する診断士にはなれません

(いくらポジティブで楽しい人でも、こんな態度の診断士に仕事を頼みたいですか?)

ねぎらってますか?いたわってますか?

さて、今回見ていくテーマは「ねぎらう、いたわる」です。
もちろん感謝の言葉や相手への敬意(リスペクト)も必要ですが、相手の労をねぎらう、いたわることができているかできていないかで、他人の印象は大きく変わります

この「ねぎらう、いたわる」には、どちらも「労」の漢字が入っています
仕事だろうが、ボランティアの作業だろうが、ちょっとした作業だろうが、相手がした「労」の動き(労働)に対するリスペクトがないと、「やって当たり前でしょ」とか「いつになったらまともなものを出せるんだよ」みたいに思ってしまうのです。

改善策なしでダメ出しする人は、相手へのリスペクト(敬意)はもちろん、相手の労へのねぎらい、いたわりがないから、平気でダメ出しができるのです
もし相手へのリスペクトがあって、相手の労へのねぎらい、いたわりの気持ちがあるなら、改善策なしでダメ出しするのは失礼だと自然に気づきます。だからダメ出しはしないし、仮にしたとしても改善策を出します

ここがわかっている、わかっていないで、診断士としてというより、人間としての魅力が大きく違ってきます

ちなみに、その前に「相手へのリスペクト」がついていましたね。ねぎらう、いたわりことは相手へのリスペクトがあって自然に出てくるものであり、嫌々言っているようではダメです

「はいはい、ご苦労さん」ではねぎらう、いたわることになっていません。

余地はそこらへんにある

これは感謝の余地にも言えることなのですが、ねぎらいの余地はいくらでもあります。

感謝やねぎらいの余地を見つけるコツは、「当たり前」を探すことです。仲間、部下、家族がしてくれていること、当たり前と思ってしまう場面や行動こそ、感謝やねぎらいの余地があります

ほめ達の神
ほめ達の神

「ありがとう」の反対は「当たり前」です

相手をねぎらい、「小さな事実・貢献+ありがとう」を言うことで、相手に成長と貢献の実感を与えることができます

ほめフレーズのみで「よく頑張ったね」とか「素晴らしいです」とほめられても、相手は確かに嬉しい気持ちにはなりますが、具体的に何がどう良かったのかがわからず、モヤモヤした感覚が残ってしまいます
そのため、事実や貢献を入れて「何がどう良かったのか」を明確にします。「なぜ良かったのか」も示せばさらにいいです。それにより相手への説得力が増します
「事実」というとピンと来にくい場合、数値、行動、状況のことと考えていただけたらと思います。これらを入れてほめることで、説得力が高まります
しかし、いくら事実とは言っても些細なことを過剰にほめてしまうと、相手は「何か魂胆があるかも」と警戒します

ほめ達はこのあたりが本当に得意です。ほめ達として相手への敬意などがあるものなら、世間的には「ご機嫌取り」や「ヨイショ」と言われることも、そうはなりません。例えば「●●先生の話が一番役に立ちました」とか「これは世界一のセミナーです」と言われたら、普通はご機嫌取りやヨイショ、良くて大人としての社交辞令と思われるものです。しかし、ほめ達ならご機嫌取りやヨイショ、大人としての社交辞令ではなく本人からこのような発言が出てくるので、相手はご機嫌取りやヨイショとは受け取りません

「ねぎらう」と「いたわる」の違い

気になる方もいらっしゃると思うので、ここで「ねぎらう」と「いたわる」の違いを見ていきます。

ねぎらう

「ねぎらう(労う)」とは、相手の苦労や努力をいたわり、感謝するという意味で、名詞の「労い(ねぎらい)」が動詞化した言葉です。
主に同等または目下の人に対して使われ、「お疲れ様」「ご苦労様」といった言葉で、相手の頑張りを認め、共感する気持ちを伝える際に用いられます。

相手の労苦を慰め、感謝する気持ちを表すことであり、「お疲れ様」や「ありがとう」など、挨拶に感謝と共感の気持ちを込めて使われます。そして、相手のモチベーション向上や信頼関係の構築につながります。

いたわる

「いたわる(労る)」は相手の苦労や弱みに同情し、親切に気を配って大切に世話をするという意味です。
目上にも使える「大切にする・優しくする」のニュアンス、「労う」は主に目下や同等の人への「感謝・ねぎらい」の行動を指します。

同情して親切にする、気を配る、大切に世話をする、養生する、慰労する意味合いでも使われます。

見張られている→見守ってもらっている

上司や先輩、リーダーにこの「ねぎらう、いたわる」があると、部下や後輩、チームのメンバーは「見張られている」という意識から、「見守ってもらっている」という意識に変わります

両者の違いは、相手(部下や後輩、チームのメンバー)の中にその人(上司や先輩、リーダー)に対する安心感や心理的安全性があるかどうかです。

安心感や心理的安全性がないと、上司や先輩、リーダーから「見張られている」と思います。だからビビってしまい、実際にダメ出しをされたら余計に落ち込んでしまいます(改善策なしのダメ出しをされたら最大限に落ち込みます)

逆に安心感や心理的安全性があると、上司や先輩、リーダーに対して「この人になら安心して相談できる」などと思うため、部下や後輩、メンバーは安心して仕事ができます
仮にダメ出しをされてもそこまで落ち込みません。「何か意図があるのだろう」とか「事情があるのかもしれない」と思ってくれます。

これくらい、「ねぎらう、いたわる」の有無には大きな差があります。

今回はねぎらう、いたわることについて見ていきました。

今回もありがとうございました。