ほめ達なら不祥事でも擁護する?

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みなさん、こんにちは。

今回はほめ達なら多くの方がぶち当たる壁についてご紹介します。

それでは、今回もよろしくお願いします。

ほめ達として必ずと言っていいほどぶち当たる壁

それは、「どんなときでもポジティブなことしか言わないのがほめ達だろ」と他人から言われることです。

ほめ達(特に1級や認定講師、特別認定講師)なら一度や二度はそのようなクレームを受けたことがあると思います

このとき、ほめ達ってイエスマンなのか、どんなときもネガティブなことは言ってはいけないのかという迷いが生じます。

僕が実際に受けた例をご紹介します。

以前、とあるアイドルがテレビの生放送の番組で不祥事(失言・差別発言)を起こしたことがありました。
もちろんSNSは大炎上。投稿やコメントも9割以上がそのアイドルの常識や姿勢を疑うものでした。

僕もSNSに「これはまずいですね。対応次第では今後仕事がなくなるかもしれません」と投稿しました。
そうすると、そのアイドルのファンらしき人がコメントをしてきました。

「ほめ達ってそんなひどいことを言う人なんですね。ほめ達が聞いて呆れますわ」

僕の肩書きに「ほめ達」と入っていたからそのようなコメントをしたのだと思います。
ちなみに、その方はSNSで批判している他の人にも突っかかるようなコメントをしていました

僕もそのとき、「ほめ達ってこんな誰の目にもわかる不祥事でも擁護するコメントをする人なのか?」と迷いました。

でもそれはほめ達認定講師養成講座を受けて、ほめ達としての実力が上がっていくうちに「そうではない」とハッキリ言えるようになりました。その理由をここから述べていきます。

「ほめ達=どんなときも擁護」ではない

確かに、ほめ達とはプラスの部分を見つけ、そこに光を当ててあげられる人です。
物事には必ずプラスの部分とマイナスの部分があります。マイナスのことも、そのすぐ横には必ずプラスの部分が隠れています
まずプラスの部分を探し、認めた上で、そのプラスの部分を踏まえたことを言える人がほめ達です

ですが、その「プラスの部分」というのは、不祥事をした本人を擁護することや、批判コメントをした人を叩いて守ることではありません
それでは本当の意味での「プラスの部分」を見過ごしている、あるいは意図的に見ようとしていないことになります

マイナスの部分を認め、将来のプラスを見出す

本当の意味でのプラスの部分は、例えば「このミスはまずかったかもしれない。でもそれは今後の良い糧になる」とか「緩んでいた気持ちを引き締め直してくれ」とか「謝罪の経験をするチャンス」など、今後(将来)につながるものです。僕がそのアイドルのファンならSNSにそう投稿しますし、批判的な投稿をしている人に突っかかるコメントをすることもありません。

不祥事を起こしたというなら、マイナスの部分を無視して強引にプラスの部分しか見ないのはほめ達ではありません。マイナスの部分(今回の不祥事)をきちんと向き合い、自分(今回のファン)でもしっかり受けとめそこから将来につながるプラスの部分を見つけていくのがほめ達です

僕がSNSに「これはまずいですね。対応次第では今後仕事がなくなるかもしれません」と投稿した内容も、不祥事を起こした人に対するコメントとしては真っ当なものです。これで「もうこいつは終わったな。ざまぁ」とか「最初からこいつのことは嫌いだった」とか書いていたら、ほめ達としてまずい対応だったと思います。
しかし、ほめ達はプラスの部分だけを見ていくわけではなく、こうしてマイナスの部分もしっかり分析して把握します。そうでないと将来につながるプラスの部分が見えませんからね

仕事でもそうですよね。例えば仕事でも部下や後輩がミスをしたときに、注意せず「いやー、君のその取り組みは素晴らしい。よくやった」とだけ言えばいいのでしょうか?

それって上司や先輩としておかしいですよね。些細なミスくらいならまだわかりますが、取引先に迷惑をかけるようなミスをして「素晴らしい。よくやった」は違いますよね。きちんとこのミスを踏まえてどう今後に活かしていくか、それをミスした部下や後輩に伝えるのが上司や先輩の役目ではないでしょうか。

今回、僕に突っかかってきた人は、この「マイナスの部分を把握して将来につながるプラスの部分を見る」を「何でもプラスに見る」と勘違いしていたのでしょう

内発的動機づけにつなげる

また、ほめ達のいう「ほめる」とは、内発的動機づけにつながるものを言います。そのほめた内容を聞いて本人が「よっしゃ!やるぞー」と思えるようなことを言えるのがほめ達です。

しかし、不祥事を起こしたアイドルのことを無理に擁護して、SNSで批判的な投稿に突っかかるようなコメントをすることは「ほめる」にはなりませんし、本人(推しのアイドル本人)のためにもなりません

「いやいや、ほめ達ならそれでも擁護しろよ」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、ほめ達は全知全能の神でもないですし、悟りを開いた仙人や僧侶でもありません。何でも肯定してくれるチャットGPTでもありません。

以前の記事でも述べましたが、ほめることは甘やかすことではありません

なぜ擁護したくなるのか

ここからは推しのアイドルの不祥事でも擁護したくなるファンの心理を見ていきます。これはスポーツの贔屓チームや支持している政党にも言えることです。
今回、僕に攻撃的なコメントをしてきた人も、推しの子が攻撃され、以下の心理が働いてそれを自分が攻撃されたように思ってしまったのだと思います。

自己同一化(自己同一視)

特定の対象(アイドル・球団・政党など)を自分の一部のように感じることです。
例えば「私はこのグループと一緒に成長してきた」、「この球団のファンであることが自分のアイデンティティ」、「この政党は自分の人生観を反映している」という状態になると、「その対象への攻撃=自分への攻撃」のように感じます。

社会的同一性理論

人は「自分が属している集団」を通して自分を定義します。
巨人ファン、阪神ファンなどの「○○ファン」という所属意識が強いと、自分の所属集団(内集団)への批判は、自尊心への脅威になります。そのため、防衛的になったり、強く反論したくなったりします。

自己拡張理論

人は「自分の外側の存在」を取り込んで自己概念を広げようとします。推し・球団・母校・会社などが“自分の一部”になる現象です。そのため、外部対象への攻撃が自己への攻撃のように感じられます。

認知的不協和

企業経営理論でも出てきましたね。
「自分にとって素晴らしい存在」と思っているものが否定されると、心の中に矛盾が生まれ、不快になります。
その不快感を減らすために、批判相手を攻撃する、批判情報を無視する、「アンチは何もわかってない」と解釈するなどの反応が起きやすくなります。

今回はほめ達としてぶつかる壁について見ていきました。

今回もありがとうございました。