みなさん、こんにちは。
今回も「あたしンち」からほめ達として学べることを見ていきます。
「あたしンちって何?」と思われた方は、前回の記事をご覧いただけたらと思います。
前回はほめられて照れ隠しをしてしまう話でしたが、今回はほめられて勘違いし増長してしまう話です。
それでは、今回もよろしくお願いします。
第134話「ふくらむ、ふくらむっ」
デパートからの帰り道、母が急いで歩いていると、昔の知り合いである山村さんに出会います。実はこの「山村さんから言われたこと」をきっかけに、母の行動がどんどんエスカレートというか、勘違いして暴走していきます。
きっかけは、母が山村さんに「若いね!」とか「あなたそんなに大きなお子さんがいらっしゃるの?」とほめられたことです。これでテンションが上がってしまい、家に帰っても「聞いてくれるー?」とニヤニヤしながらみかんに話すなど、普段とは違う調子で振る舞うようになります。
みかん(娘)やユズヒコ(息子)から見ると、その予想外の母の行動がとても派手でびっくりするものになっています。
そんな増長している中で、化粧品売り場の人から「シワひとつありませんね」と言われたものだから、その増長はさらに進んでいきます。ユズヒコが「それって化粧品を買わせるための売り文句だろ?」と言っても、もはや聞く耳をもちません。
ほめられたことで気持ちが膨らんでしまう(ふくらむ)母のコメディタッチな日常回です。
これもほめ達として学べることですよね。
母の自己イメージの暴走
母は山村さんからの「若いね」という評価を真に受けてしまいます。
ここで起きているのは、承認欲求が満たされることで自己イメージが急上昇することと、内発的動機づけが高まり、「私、まだイケるかも?」と思ってしまうことです。
つまり、外部評価によって自己認識が一気に拡張(ふくらむ)わけです。
人はポジティブな評価を受けると、内発的動機づけが高まり、それによって自分から行動を変える傾向があります。ここまでならほめ達としてもいいことなのですが、問題はこれで母が暴走してしまったことです。
「ふくらむ」は期待のインフレ
面白いのは、増長して(暴走して)母の変化が止まらないことです。
「もっと若く見られたい、もっとキレイに見せたい、もっと特別扱いされたい」と、期待が自己増殖していきます。
しかし、子どもたち(みかん・ユズヒコ)から見ると、母の変化は明らかに浮いている、ちょっと痛いと感じています。母本人だけがこの違和感に気づいていないのです。
この「インフレ現象と子ども達とのギャップ」がコメディとして描かれているのが、この回の核心です。

最後のオチ
そんな増長・暴走する母に、仕事から帰宅した父が山村さんからのハガキを渡します。
そこには「お互い年齢には勝てませんが、気持ちはいつまでも若いままでいましょう」ということが書かれていました。
それにより母は自分が増長している、暴走していることに気づき、我に返るという話です。
山村さんが言った「若い!」は、あくまで久々に会ったために出た社交辞令であり、「そんなに大きなお子さんがいるの?」は「子供がそんなに大きくなって、月日が経つのは早いですね」という意味だったのです。
この話は決してあたしンちの母だけの話ではありません。SNSで褒められた、仕事で少し評価された、異性にちょっと優しくされた。こういうとき、人は簡単に増長します。だから視聴者は「あるある」と共感しつつ笑えるんですね。
ほめ達ならどうする?
まず、ほめ達は基本的に社交辞令は言いません。仮に社交辞令っぽいことを言うにしても、相手への敬意などがあるので社交辞令として言いませんし、相手も社交辞令のように聞こえません。
今回の「若い」というのも、確かに言うことはあります。ただそれは相手をおだてているとか、何かしてもらおうという魂胆はありません。
もちろん、「シワひとつないですね」と言って化粧品を買わせようとする化粧品売り場の人のようなこともしません。相手をコントロールしている(今回なら化粧品を買わせようとしている)からです。そういう売り文句、営業トーク的な言葉はほめ達のいう「ほめる」にはなりません。

あれ?でも山村さんの言ったことで母の内発的動機づけが高まったのだから、むしろこの山村さんの社交辞令はよかったのでは?
と思う方もいらっしゃるかもしれません。
確かに、内発的動機づけを高めることはほめ達のいう「ほめる」の効果ではあります。
しかし、それは当たり障りのない嘘や本心から出たものではない言葉で言うものではありません。
社交辞令というものは、半分は本当でも半分は嘘や大げさなものですよね。ほめ達はこのような嘘や心に思っていないことはほめ言葉として言いません。それは相手に失礼になる、つまり相手の意思を尊重していないことになるからです。
本当に相手への敬意などが入っているなら、ほめ言葉はもっと違うものが出てきます。そしてそれは社交辞令としては表れません。
もしほめ達が「若い」と言ったとしても、それは相手への敬意があるからこそ出るもので、社交辞令としては言いません。心の底から「若い」と思っていないのに「若い」と言うことはほめ達のいう「ほめる」にはなりません。
今回の母がなってしまったように、自己イメージを暴走させてしまうほめ方はほめ達としてはやりすぎです。

今回も前回のように、「あたしンち」からほめ達として学べることを見ていきました。
前回の分とまとめると、ほめ達がほめるとしたら、相手が照れ隠しをするようでもダメ、増長させてしまうのもダメです。
今回もありがとうございました。