みなさん、こんにちは。
今回はアンチに関する内容です。
アンチについては、これまでもいくつか記事を出しています。
そして、今回はそのアンチについて面白い解釈をしている方がいたので、そこから掘り下げてみたいと思います。
それでは、今回もよろしくお願いします。
とあるYouTuberのリアクション
昨年の年末、鉄道系YouTuberが4人集まって、ゲームの桃太郎電鉄の生配信をしていました。
桃太郎電鉄をやったことがある方ならわかるかと思うのですが、桃太郎電鉄には相手のプレーヤーの邪魔をするカードがあります。その邪魔をするカードを使われて被害に遭ったYouTuberに「ざまぁみろ」というコメントが来ました。
この動画チャンネルの視聴者なら、アクシデントや悪い出来事は冗談やノリで笑いに変えて楽しむ雰囲気がわかっています。おそらくコメントを送った本人も、被害に遭ったYouTuberも、冗談やノリで言っているのは明白だったので、その場はただの笑える場面ではありました。
そして、そのYouTuberも「アンチ大好き、アンチの方と結婚したい」と言っていました。
という感じで、この生配信は平和に楽しい雰囲気で終わりましたが、ここに今回の記事のテーマがあります。
みなさんにも、仕事やプライベートで「アンチ」と呼ばれるような、自分のことを嫌っている、敵視して嫌がらせをしようとしている人がいると思います。
そのときに、先ほどの邪魔するカードの被害に遭ったYouTuberのように「アンチ大好き、アンチの方と結婚したい」と言えますでしょうか?
確かに、強がりや冗談のその場のノリでなら、言えると思います。
しかし、これを本心から思うことってできますか?
今回のテーマはこれの追求です。
「アンチ大好き」と思えるためには
「アンチ大好き」と本心で思える状態は、「自分の価値の置き場」完全に自分側に戻ったときに起きます。
どういうことでしょうか?
それをここからご紹介します。
強がるのはNG
まず前提として、そのYouTuberは決して強がっていません。
表面的には冗談でも、あの発言が成立するのは、自分の立ち位置が揺らいでいない、評価の主導権を相手に渡していない、「嫌われる=敗北」という認知がないことが理由です。
この3つが揃っているから、「アンチ=脅威」ではなく、「アンチ=現象」という距離感がすでにできているのです。
ということは、
・自分の立ち位置が揺らいでいない
・評価の主導権を相手に渡していない
・「嫌われる=敗北」という認知がない
の3つが「アンチ大好き」と思えるための要件と言えます。

(このイラストのような感じでは強がりです)
思考の土台を整える
本心から「アンチ大好き」になるための思考の土台があります。それが以下の2つです。
アンチは「自分を攻撃している」のではない
本心で楽になる第一歩はこれです。
アンチが攻撃しているのは、「あなたそのもの」ではなく「アンチの頭の中にあるあなた像」なのです。つまり、実体のない幻影です。
例えば以前、学歴コンプレックスを刺激してアンチになった人をご紹介しましたが、この人は「僕そのもの」を攻撃しているのではなく、「学歴を刺激してきた→生意気→ウザい」という僕のイメージ像を攻撃しているのです。
自分を嫌っているのではなく、自分を「材料」にして感情処理をしているだけなのです。
ここを腹落ちさせると、人格否定として受け取らなくなります。
「嫌われる=価値がある」の構造を理解する
ほめ達のスキルでもあります。どんな人や物事、出来事にも価値(ほめる余地)はあります。それを発見する達人がほめ達です。
嫌われることにも「価値」があるのです。
例えば先ほどの学歴コンプレックスの人なら、生意気な態度を取らないことや、職場では学歴の話をしないことがいいと学ぶことができました。これは「価値」ですよね。
さらに、最初にも紹介したようなアンチの手法に関する記事を書けたのもこのアンチに嫌われたからこその「価値」です。
まだまだ「価値」はありますよ。
芸能人をイメージしていただけるとわかりやすいですが、アンチが生まれる条件は、実はかなり限定的です。
無名、無影響、無関心の状態では、アンチは生まれません。
アンチがいるということは、知名度がある(目立っている)、影響を与えている、何かを刺激しているという結果です。
なので視点を変えると、
「アンチ=自分の存在証明の副産物」です。
つまり「知名度がある(目立っている)、他人に影響を与えている、他人の何かを刺激している」という「価値」があることになります。
ここまでくると、アンチが「ありがたい存在」へと意味づけが反転し始めます。
そして、「アンチ大好き」と思えるようになってきます。
「アンチ大好き」の言動につなげる
これもほめ達の力があればできます。
相手を歓迎する
口角や眉を上げながら話を聴く、ほめフレーズを言うなどして、相手の承認欲求を高めることができれば、アンチも徐々にアンチではなくなってきます。
つまりアンチが徐々に脅威ではなくなり、「仲間」になっていきます。
アンチのことで苦しくなる人は、アンチ自体やアンチに嫌われることについて「価値」を探すことができず、相手の価値基準や相手の評価軸に無意識で乗ってしまっています。要は相手のことをネガティブな方向で意識しまくることになってしまいます。
これでは余裕がありませんから、上記の口角や眉を上げながら話を聴くことやほめフレーズを言うことができませんから、アンチが「仲間」になる方向には全く進みません。
自分の土俵と相手の土俵を完全に分ける
本心から余裕がある人は、自分は自分の基準で生きていて、「相手は相手の感情で騒いでいる」というように、世界線が分離しています。「人は人、自分は自分」と考えることができています。
この状態になると、「あぁ、この人は“アンチ役”をやってくれてるんだな」と、もはや役割として認識できる。
だから先ほどのYouTuberのように冗談ではなく、感謝や愛嬌に変換できるのです。
「嫌われても壊れなかった体験」を積む
人は理屈ではなく体験で変わります。
「嫌われた→攻撃された→でも自分は無事だった」という経験が積み上がるほど、「アンチがいても人生は普通に進む」と頭が理解します。
ここではじめて、強がりではない余裕が生まれます。
先ほどのYouTuberはこの経験をたくさん積んでいるからこそ、「アンチ大好き」というリアクションができたのです。
そして、このレベルに達すると、アンチについて「感情を供給してくれる存在、自分の影響力を可視化してくれる存在」と思えてきます。
だから自然に、「アンチ大好き。結婚したいくらいだわ(笑)」と冗談ではなく事実に近い形で言えるのです。

今回はアンチについて「アンチ大好き」と思えることを見ていきました。
自分の価値を、他人の反応に委ねなくなったとき、アンチは敵ではなく、仲間になります。
今回もありがとうございました。